はじめに
こんにちは。マーケティングアナリストの倉田です。
本記事では、以前このブログでも紹介した(以前の記事はこちら)
中川寛子著『路線価図でまち歩き 土地の値段から地域を読みとく』(学芸出版社)
URL: https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761528515/
の考え方を手がかりに、実際の街を自分なりに読み解いてみます。
手始めに、書籍でも取り上げられていた東海エリア最大のターミナル駅である名古屋駅周辺を、プリントアウトした路線価図を片手に追ってみました。本書では栄エリアも扱われていますが、今回は自身に馴染みのない場所を含むという理由で名駅側のみをじっくり見ていくことにしました。
初めての試みだったこともあり、すぐに読み解けたわけではありません。それでも、人の集まりやすさと路線価には、たしかに関係がありそうだ、という感触は得られました。そもそも人が大勢集まる場所であり、しかも年末の日曜日の昼過ぎだったことを考えれば、その印象にも一定の理由があったのだと思います。
そして今回、私が独自に路線価図を起点に考察してみたいエリアが、弊社の所在地でもある「名古屋市東区」です。
【名古屋市東区の位置とビジネス街、繁華街、ランドマークの位置を確認】
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【名古屋市東区の用途地域と駅などを確認】
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『第一種低層住居専用地域』『第二種低層住居専用地域』『第一種中高層住居専用地域』『第二種中高層住居専用地域』といった住居系の地域でも制限の強い用途地域は存在しません。
路線価だけでは、商売は読めない
以前の記事でも紹介しましたが、著者は路線価の決定要素として以下の3つを挙げています。
利便性:駅や街の中心に近いこと、移動しやすいこと、幹線道路や商業機能にアクセスしやすいこと。基本的には駅から遠ざかるほど下がります。
住環境:暮らしやすさ・快適さのこと。具体的には、閑静さ、景観の良さ、日当たり、通風など、住み心地のよさが価格に反映されるという考え方です。
災害リスク:災害に対する安全性のこと。具体的には、地盤の強さ、浸水しにくさ、高台かどうかなど、防災面での安心感が価格に影響するという意味です。
価格の大部分は「利便性」で決まる一方、その規則性に反する動きを見せるのが「住環境」と「災害リスク」だと説明しています。そして「なぜセオリーから外れているのか?」を読み解くには、路線価図だけでなく、ほかの地図や街の情報と重ねて考えることが有効だと述べられています。
私が今回やってみたいのも、まさにそこです。路線価には理由があるはずです。路線価図をじっくり眺めて「ここはこんな街ではないか」と仮説を立て、そこに用途地域や地形図などを重ねることで、ようやく「その土地が何によって評価され、どんな商売が成り立ちやすいのか」が見えてくるのではないか。そのような意識で今回の考察を始めました。
実際に国税庁のサイトからダウンロードして駅周辺や高級住宅街、ナゴヤドーム周辺などを一つひとつ粘り強く眺めてみたのですが、路線価図に慣れていない私には、規則性に反するような「なぜ?」と思える地点をすぐに見つけ出すことはできませんでした。
このままでは「ここがどんな街で、どんな商売が成り立つか」を判断するのは難しい。
そこで私は、ミクロな路線価の数字を追う前に、まず「名古屋市東区そのものがどのような街なのか」を大きく整理することから始めることにしました。
名古屋市東区は「5つの市場」が同居する区
用途地域や古地図、街の歴史、実際に歩いた印象を重ねてみると、東区は一つの市場ではなく、大きく5つの市場が同居する区として見えてきました。
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同じ区の中に、商業集積で値段が支えられている場所と、住環境や歴史性、景観の質で値段が支えられている場所が併存しているからです。
商業地域でも、都心中枢として売上を取りやすい場所と、生活導線の上で成り立つ場所では性格が異なります。逆に住宅地でも、静かな住環境として評価されている場所と、歴史や景観まで含めて価値が保たれている場所では、値段の意味が違ってきます。さらに駅や大型集客施設を核に、来街者需要と日常需要が重なる場所もあります。
つまり東区では、路線価の高低と用途地域をそのまま「商売向き」「住宅向き」と読んでしまうと、かなり見誤ります。
- 何によって土地の価値が支えられているのか
- その場所に集まる人は誰なのか
- 売上をつくる力が都心集積なのか、生活導線なのか、住環境なのか
そこを分けて見ないと、同じ高さの土地でも意味が変わってしまうからです。そう考えると、東区はおおむね次の5つに分けてみると整理しやすくなります。
- 守られることで価値を持つ保存住宅型
- 歴史と住環境が支える住宅地型
- 売上の密度で読む都心商業型
- 都心外縁の導線で成り立つ生活商業型
- 来街者と住民需要が交わるハブ型商業地
もちろん実際の街は連続していて、境目がきれいに切れるわけではありません。
ただ、東区をこうした複数の市場の重なりとして見ておくと、路線価の「なぜ高いのか」と、その場所でどんな商売が成り立ちやすいのかが、かなり読みやすくなります。
以降では、この5つの市場ごとに、その土地の値段を支えているものと、街の性格の違いを順に見ていきます。
1.白壁・主税町・橦木町──守られることで価値を持つ保存住宅型
白壁・主税町・橦木町一帯は、東区の中でも「路線価のなぜ?」がもっとも分かりやすく表れるエリアです。
この一帯では、駅への近さや商業集積の強さだけでは説明しにくい価格の付き方が見られます。なぜならここでは、住環境、歴史性、景観の質そのものが、土地の価値を支えているからです。特にその性格がはっきり表れているのが、空港線より東側の保存地区周辺です。
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①空港線より東側(保存・景観の核)
空港線より東側は、町並み保存地区と都市景観形成地区を含む高級住宅街です。市もこの地区を、武家屋敷の面影や戦前建築、緑豊かな住宅地の佇まいを活かした「閑静で落ち着いた都市空間」と位置づけています。
駅からやや離れ、都心商業地のような強い利便性があるわけではないのに路線価が高いのは、このエリアが商業集積ではなく、住環境と歴史性によって評価されているからだと読みやすいところです。実際に歩いてみても、比較的大きな区画と落ち着いた街並みが続き、都心近接地でありながら独特の静けさがあります。
路線価を細かく見ると、周辺部では南の栄エリアに近づくほど価格が上がる一方、保存地区の中では北へ行くほど上がる動きが見られます。周辺部の動きは都心への近さで説明しやすいのに対し、保存地区内では逆の方向に動いている。これは、都心の喧騒や高い建物から少し距離を取った、より奥まった住環境の良さが評価されているためではないでしょうか。
飲食店にも老舗感や高級感のある店が多く、一定の客層や利用目的を前提にした店が目立ちます。ここでは「商売のために高い土地」というより、「守られた住環境だから高い土地」と考えたほうがしっくりきます。
【路線価の変動がどちらに向かって起こっているか、またその大きさを確認】
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②出来町通周辺と白壁3丁目、芳野1・2丁目
保存地区の核の周辺にあたるこのあたりも、興味深いエリアです。北側では、台地のへりにあたる坂に沿って路線価が下がるという、地形のセオリー通りの動きが見られます。
また、白壁3丁目と芳野1・2丁目を比べると、用途地域は似ているのに、芳野側に入ると路線価は約2割低くなっています。理由の一つには、「白壁」という地名のブランド力が影響している可能性があります。実際、芳野エリアのマンションや店舗にも「白壁」を冠した名前が多く見られます。
この一帯は、閑静な住宅地でありながら、保存地区の核ほど閉じた性格ではなく、親しみやすさも残っています。
一方、出来町通沿いでは建物の高さが上がり、有名企業や伝統あるミッションスクール、チェーン店、高級スーパーも見られるため、住民の日常に寄り添いつつ、価格や品質の面で一定の水準が求められる商売がなじみやすそうです。
つまり白壁・主税町・橦木町一帯では、同じように高く見える土地でも、その高さを支える理由は一様ではありません。なかでも保存地区の核では、利便性や商業性よりも、守られた住環境や景観そのものが価値になっているように思います。
2.徳川園~東区役所周辺──歴史と住環境が支える住宅地型
この一帯は、白壁エリアのように「保存地区」という名が前面に出るわけではありませんが、東区の中でも非常に落ち着いた住宅地の性格が強く表れています。東西に走る出来町通を境に、南北で少し表情が変わります。
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①出来町通より北側(徳川園周辺)
用途が混在しますが、大通りから入ると戸建てや中低層マンションが多い住宅地になります。ここでの注目ポイントは、「徳川町」に入った途端に路線価が2割ほど上がるという事実です。尾張藩2代藩主の隠居所を起源とする徳川園の存在が、駅からの利便性だけでは説明しきれない「歴史とブランド」の付加価値を生み、価格を押し上げている「なぜ?」の典型例です。実際に歩いてみると、地図で見る以上に豪邸の印象が強く「このあたりは本当に住環境で評価されている場所なのだ」と実感しました。
こうした背景を踏まえると、この一帯で商売をするのであれば、量販や派手さよりも地域との相性や信頼を積み上げるタイプのほうが重視されやすそうです。日常に根ざしつつ、少し上質であること、あるいは長く続くこと自体が評価につながる商売のほうが、この場所にはなじみやすいと考えられます。
【際立つ徳川町の特別感と路線価の変動がどちらに向かって起こっているかを確認】
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②出来町通より南側(東区役所・建中寺周辺)
東区役所、東警察署、東消防署といった行政施設と、尾張徳川家の菩提寺である建中寺があるこのエリアは、大通りから一歩入ると第二種住居地域が中心となり、建物の高さも落ち着きます。大半が駅から半径500m圏外です。
路線価を見ると、大通りから離れるにしたがって価格が下がり、南東の車道駅・千種駅に近づくにつれて再び上がっていくという、駅距離のセオリーに比較的忠実な動きをしています。
行政施設、大寺院、昔ながらの商店街、名門校が近接しており、都心のにぎわいとは異なる、生活と地域の履歴が重なる街並みとして読むことができます。そうした街の性格を踏まえると、この一帯では、強い話題性や派手さで引っ張る店よりも、地域の日常と無理なく接続する店のほうが定着しやすそうです。
前編まとめ
今回取り上げた白壁・主税町・橦木町、そして東区役所・建中寺から徳川園にかけての一帯は、東区の中でも比較的、路線価の「なぜ?」を読み解きやすいエリアでした。
用途地域だけでは見えないものも、地形図、古地図、自治体の資料、そして実際に街を歩いた感触を重ねていくと、少しずつ輪郭が見えてきます。
そこから分かったのは、東区には単に「高い土地」があるのではなく、住環境、歴史性、景観、そしてそうしたものが地域の中で大事に保たれてきたことによって高くなっている土地が確かにある、ということでした。
とくに今回見た2つのエリアでは、商業集積の強さだけでは説明できない価格の付き方が見えました。
だからこそ、東区の路線価は「高いか安いか」だけで見るのではなく、なぜ高いのかを街の性格と重ねて読む必要があるのだと思います。
ちなみに、最近公表された令和8年地価公示でも、名古屋圏の住宅地の上昇率上位には、東区の徳川町、徳川1丁目、白壁3丁目が並んでいました。こうした動きを見ても、このあたりでは住環境そのものが強い価値として評価されていることがうかがえます。なお、これは路線価ではなく地価公示です。
この記事では、路線価図の背景地図が著作物でそのまま使えないため、路線価は手作業で描き起こしました。手間はかかりましたが、そのぶん、記事に書ききれていない小さな「なぜ?」にもいくつか気づけました。後編を書く前に、もう一度現地で確かめてみようと思います。
後編では、5つの市場の続きとして、東桜・泉、葵・代官町・筒井、そして大曽根・ナゴヤドーム前・砂田橋を見ていきます。
同じ東区でも、ここまで見てきた住宅地型とはまた違う、「商売のために高い土地」がどう立ち上がっているのかを追っていく予定です。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
※今回参照した主な資料
- 国税庁「財産評価基準書 路線価図・評価倍率表」
- 名古屋市「都市計画情報提供サービス」
- 名古屋市東区公式ウェブサイト
- 名古屋市図書館デジタルアーカイブ「なごやコレクション」
- 国土地理院「デジタル標高地形図」






