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2025.06.30

読了時間:15分

売上予測はもう古い?──3層の適切評価で確度を高める出店戦略 / 後編

倉田陽右

はじめに

マーケティングアナリストの倉田です。

後編となる今回は、まず前編のおさらいを...と通常なら進めるところですが、 ここでは、いきなり結論からお伝えしたいと思います。

結論は、売上予測は古くありません。売上予測とは未来を当てる道具ではなく、課題発見のための羅針盤なのです。

予測が当たらない=予測モデルが悪いではなく、「なぜ当たらなかった?」とその理由を3層構造の視点で深く分析することで、次につながる重要な知見とします。

特にデータが蓄積されるまでは、予測モデルの精度が低いことが少なくありません。その場合でもすぐに「当たる予測」を追いかけず、まずは「なぜ当たらなかったのか」を「3層構造」の視点で冷静に分析し、仮説検証を繰り返すことが重要です。

それでは「3層構造モデル」を簡単におさらいしましょう。

前編の記事はこちら

前編のおさらい:売上を構成する3層の構造

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  • 第1層 経営・マーケティング戦略 :事業の土台となる『何を・誰に・どう売るか』を決め、ビジネスモデルや投資、コンセプトなどを明確にする設計図です。
  • 第2層 商圏・立地 :商圏分析や物件評価を通じて、第1層で立てた戦略が実現可能な候補地かどうかを測るポテンシャル指標です。
  • 第3層 店舗運営・マーケティング戦術 :第1層で立てた戦略を現場で体現し「スタッフのやりがい」や「お客様との信頼を育む」など売上を伸ばす実行力です。

出店判断のプロセス:3層を適切なタイミングで評価する

ここからは、この3層構造モデルをより実践的に活用するためのヒントを、具体的なシーンに当てはめながらご紹介します。

まず、出店戦略の核となる【コンセプト例】を元に具体的なイメージを掴んでいただき、次に、計画から開業まで【3層を行き来する実践的なプロセス】を解説します。そして最後に、開店後にこそ真価を発揮する【予測を羅針盤として活用する方法】を見ていきましょう。

【コンセプト例】

地域に根差した食品メインのスーパーマーケットの場合で考えてみましょう。「自社の強み × 顧客課題 × 収益性」などより、大切なお客様像を主に「近所に住む忙しいお母さんやご年配の方々」とします。このお店が目指すのは「安心・安全・安定」と「清潔」を届け、地域で一番頼りにされることです。店内はレイアウトやカートの高さなどお客様像に徹底的に寄り添い、忙しいお母さんには『安全』で時短になるお惣菜を、ご年配の方には買いやすい少量パックなど、暮らしの定番品を『安定』して揃えます。そして何より『安心』できる清潔な店舗と、短い動線で買いやすいといった『利便性』で、「この街にはあの店があるから住みやすい」と思っていただける存在を目指します。

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【3層を行き来する実践的な出店プロセス】

実際の出店プロセスは、各層の評価を何度も行き来する複雑な道のりです。

例えば、第1層のコンセプトを元に第2層の物件を探し始めると、そのエリアの特性から逆に第1層の戦略を見直すこともあります。また、第3層の店長や店舗スタッフの意見を取り入れてコンセプトをより現実的に修正したり、第2層の詳細な調査結果を受けて第1層の投資計画を最終決定したりと、第1層をベースに各層は常に影響を与え合います。

このように、フィードバックを繰り返しながら計画全体の解像度を上げていくのが、実践的な進め方です。

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【予測と現実のギャップを分析する「羅針盤」としての売上予測】

開店後の運営力強化はもちろん重要ですが、ここからが「売上予測」を羅針盤として真に活用するフェーズです。予測と実績の間に生まれたギャップは、単なる「ズレ」ではなく、改善すべき点や新たな可能性を教えてくれる貴重な「お客様の声」と捉えます。

ここでは、具体的なギャップの例を挙げながら、その原因が3層構造のどこにあり、どう改善に繋げられるのかを分析していきます。このプロセスを通じて、3層構造で考えることの重要性を体感していただけると幸いです。

予測より売上が少なかった場合

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  • 例1:競合の影響が想定より大きかった

分析: これは、出店前の第2層【商圏】の評価に課題があった可能性を示唆します。競合店の本当の強さ(価格、品揃え、顧客からの信頼など)を見誤っていたのかもしれません。また、そもそも我々の第1層【戦略】が、その競合に対抗できるほど強力ではなかったとも考えられます。

アクション: まず現場の第3層では、競合店の再調査と、それに基づく品揃えや価格の見直しといった短期的な改善を進めます。しかし、より重要なのはこの学びを次に活かすことです。今回の失敗は、出店前の第2層【商圏】における競合評価の項目が不十分だった、あるいは第1層【戦略】そのものに課題があった可能性を示唆しています。この分析結果を元に、次回の出店からは評価基準を更新し、戦略全体の精度を高めていく必要があります。

  • 例2:想定より車での来店が多く、特に休日は駐車場や道路が混雑している

分析: お客様の来店手段の想定、つまり出店前の第2層【立地】にズレがあったことを示しています。

アクション: 短期的には、警備員を配置して交通整理を行うなど第3層【店舗】で対応します。また並行して近隣での駐車場確保や提携も検討します。そして最も重要なのは、この経験を次に活かすことです。「お客様の主な交通手段と動線」を第2層の物件評価における最重要項目の一つとして設定し、出店計画全体の精度を高めていきます。

  • 例3:店員の品出し作業がお客様の買い物の邪魔になっている

分析: これは典型的な第3層【店舗】の課題です。品出しという必要な業務が、お客様の快適な買い物体験を損なってしまっています。これは、第1層【戦略】で掲げた「お客様に寄り添う」という戦略と、現場のオペレーションが矛盾している状態です。

アクション: お客様が少ない早朝や深夜に集中的に品出しを行うなど、作業スケジュールの見直しを第3層で実行します。また、日中の補充作業は、お客様への声かけを徹底し、カートの置き方など、邪魔にならないルールを設けて周知徹底します。

  • 例4:店内が落ち着きすぎていて、買い物特有のワクワク感が足りない

分析: これは、第1層【戦略】で定めた「安心・安定」というコンセプトを追求するあまり、第3層【店舗】の店づくり(BGM、照明、陳列など)が「静かすぎる」方向に偏ってしまった可能性があります。お客様にリラックスしていただくことと、購買意欲を刺激することは、時に相反します。

アクション: 第3層の改善として、店内のBGMを少しテンポの良いものに変えたり、季節のイベントコーナーを作って活気を演出したりします。また、試食販売などの実演を増やすことで、買い物に「楽しさ」という付加価値を加えることができます。「安心感」という軸はぶらさずに、買い物の楽しさをどう両立させるか、第1層の戦略レベルで再検討する良い機会にもなります。

予測より売上が多かった場合

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「嬉しい誤算」で終わらせず、その要因を分析することが成長の鍵です。

  • 例1:想定以上に働く女性の夜間の利用が多い

分析: これは、第1層【戦略】で設定したコンセプトが、当初のお客様像(お母さん・ご年配の方)だけでなく、想定外の顧客層にも支持されたことを示しています。例えば「安心・安全なお惣菜」といったニーズが、働く女性など、別の層にも共通して響いた結果と考えられます。

アクション: まず、この新しい顧客層が何を好んでくれているのかを調査します。我々のコンセプトである「安心・安全・安定・清潔」が響いているのか、あるいは別の要因か。その調査結果に基づき、この顧客層のニーズに応えるため、第1層の戦略を一部見直し、夜間に需要のあるお惣菜などを第3層【店舗】で強化・安定供給するといった施策が考えられます。この発見は、今後の出店戦略に大きな影響を与える可能性があります。

  • 例2:「店内が明るく、店員さんが親切」という口コミがSNSで広がった

分析: 第1層【戦略】による「地域で一番頼りにされるお店」が、第3層【店舗】の現場の努力(店舗の雰囲気作り、接客)によって見事に体現され、お客様に伝わった結果と考えられます。

アクション: この成功体験を「勝ちパターン」として言語化し、全社で共有します。そして、他の店舗にも展開できるよう、第3層の接客マニュアルや研修プログラムに反映させます。

  • 例3:近隣のフィットネスジムからの来店が予想以上に多い

分析: これは、第2層【立地】において、当初は想定していなかった近隣施設との相乗効果(シナジー)が生まれたケースです。我々の第1層【戦略】による『安心・安全・安定』な食材の提供が、健康意識の高いフィットネスジムの会員という、新たな顧客層のニーズと見事に合致したと考えられます。

アクション: このチャンスを活かすため、第3層【店舗・戦術】の施策として、健康志向の惣菜を拡充し、ジムと連携した販促キャンペーンを検討します。さらに、この成功体験から学び、「近隣の相性の良い施設の有無」を今後の第2層の評価項目に加えることで、出店戦略全体の精度を高めることができます。

このように、売上予測と実績のギャップは事業の課題や可能性を教えてくれる貴重な「声」です。この声を3層構造で分析することで仮説検証が容易となり、事業の発展へと繋げることができるのです。

まとめ:『当てる予測』から『構造的に評価する判断』へ

ここまで前編・後編にわたり、新しい出店判断の考え方についてご提案してきました。最後に、今回の重要なポイントを3つにまとめます。

1. 売上は「3層構造」で捉える
売上は、①経営・マーケティング戦略、②商圏・立地、③店舗運営・戦術という3つの層が複雑に絡み合って決まります。この構造を理解することが、精度の高い出店判断の第一歩です。

2. 出店プロセスは「各層のフィードバックの繰り返し」
実際の出店プロセスは、一直線に進むものではありません。戦略(第1層)、場所(第2層)、運営(第3層)の各視点を行き来しながら、計画全体の解像度を上げていくことが、成功の鍵を握ります。

3. 売上予測は「未来を当てる道具」ではなく「課題発見の羅針盤」
売上予測の本当の価値は、実績とのギャップから「なぜ?」を問い、事業の課題や新たな可能性を発見することにあります。「当たる・当たらない」に一喜一憂するのではなく、学びを得るためのツールとして活用しましょう。

感覚的な判断や、一部のデータに偏った評価から脱却し、より構造的で納得感のある意思決定を目指すために、ぜひこの「3層構造」の視点をご自身の業務に取り入れてみてはいかがでしょうか。

最後に

私がこの「3層構造」という言葉に込めた想いについて少しだけお話しさせてください。

本文でも触れたように、実際のプロセスは各層を行き来するため、厳密には積み重なった「層」ではないかもしれません。また、この考え方が唯一絶対の正解というわけでもありません。

最も重要なのは、出店に関わる全員が「3層構造」のような共通のフレーム(共通の意識)を持ち、自社の状況に合わせて柔軟に活用し、育てていくことだと考えています。

この記事が、そのためのきっかけとなれば幸いです。


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町丁目や大字、駅単位でスコアリングを行う具体的な活用例は次回の記事にて紹介させていただきます。

お読みいただきありがとうございました。

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はじめに はじめまして。私はエリア分析や顧客分析に長年携わってきたマーケティングアナリストの倉田と申します。 今回のテーマは「革新的なノウハウ」や「最先端の理論」ではありません。むしろ、多くの方が頭では分かっていても、なかなか実行に移せない──そんな"基本的だけれど大切なこと"を整理してお伝えしよう...